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社長の回顧録

ゼノマの社長

一級建築士

代表取締役社長 野 島 斉

何となく建築へ

いつ頃から建築に志して、住まいに目を向けるようになり、どうして社長になっているのだろう!そんな事をちょっと呟きながら、遠くの山並みを眺めています。

ダム開発等、そもそも土木に興味があったのですが、北大の教養学部では、当時、成績順位に志望専攻学部を選べたので、たまたま成績が良かったせいか、欲が出て(?)人気が集中していた建築学部と電子工学科の内、建築を専攻したのがそもそもの発端です。

家業の製材所では、父が住宅も独学で設計し工事もしていたので、その手助けもできるからと思ったのです。

仕事に対する疑問

昭和49年製材所に帰ってからは、鉄筋造・鉄骨造も含め、いろいろな工事の設計・施工に携わってきましたが、特に住宅は大工さん達に学ぶことが多く、他の職人さん達との付き合いの中で、お客様の希望に添った住まいが、自分のイメージで完成していくのは、一入(ひとしお)嬉しかったのを覚えています。

当時は、棟梁と言われる大工の親方の出入りも多く、製材所も活気があって、年間70〜80棟の住宅を手がけていました。

でもやがて、その仕事に一抹の不安を抱くようになりました。

本当に、お客様に喜んで頂いているのだろうか?

一人善がりになっていないのだろうか?

という素朴な不安でした。

私のイメージ添った建物でも、必ずしも喜んで頂けなかった時、或いは逆にイメージに添ってはいないのに、喜んで頂いた時があったからです。

私の仕事・・・住まいに対する確固たる信念とは?

好きな事をやろう

昭和60年に、母が亡くなった時の“生きている内に好きな事を後悔しないようにやりなさい”という言葉で、私の住まいに対する信条は、変わったように思います。

無理して片意地はらず、素直に共に喜べたら・・・ 素直に喜びを感じられるのが、私の好きな生き方・・・それからは、お客様を家族ととらえ、特に子供に対して、目を向けるようになりました。

当時私には、小学生の子供が3人いたからでしょう。

製材業も、下向きで家族の健康状況が思わしくなかった私達の願いは唯一つ、健康で明るい家族・・・

お客様の声に

  • 子供の喘息が段々良くなった。
  • 内気な子供が、元気になって庭先でバーベキューする時、多くの仲間を連れてきて、殿様気取りでうるさい程。
  • 来客が多くなり接待のせいか、家内が綺麗になったと思いませんか(?)
  • ストーブの薪が大切なので、もう車なんてどうでも良くなった。
  • 家を建てるまでは、買物で外に出るのが楽しみだったけど、今はなるべく外に出ないで、家にいるのが楽しい。
  • 飲んで遅く帰る常連の主人が、今は家にばかりいる。
  • 薪の手当に忙しく、残業しないですぐ帰ってくるから、収入が減って正直困っている。
  • 等々・・・

特に、久し振りにふらっと寄ってみたお客様の家で、かっての3〜4歳の可愛かったあの子供さんが、今はずい分と大きくなっていた。そして、私の名前を呼んだ・・・・

そんなとき、お客様の家族の今迄の生活ドラマを、垣間見るようで、その共有感は、私のやりがいとなって満足感で一杯になります。

その時家族は

世の中、内も外もうまく行かないもので、私の家族は、家内の療養もあって、富山市内の借家住まいだったのですが、生活が酷かった。

何しろ、体が弱いものだから、特に夏は、暑すぎるのでエアコンを稼動すれば、骨が痛む、と言い、止めれば眠れない、と言い、どうすればいいのか、全く手に負えなかった。

冬はストーブで、狭い居間だけが異常に暖かく、外気との大きな温度差に体は麻痺し、家族の誰かは、体の具合が悪く、笑い声が少ない日々でした。

展示場の建設

私達が、一期一家の心で住まいを造る時、住まいは生きていて、家族を守り、育み造る力がある、と聞いた事があります。

住まいを造る時、いろいろな要件がありますが、間取り、デザイン、コスト等を、越えて守りきりたいもの、それは家族の絆、無理のない自然な暮らしのための、自然との繋がり、目差す健康へのこだわり。

健康である事が“幸せ”と感じられる、絶対の住まいに対する確信として、今一度、原点に戻り、住まいを造る意義を再認識する事から、ZENOMAが生まれました。

平成10年、増々製材業が低迷する中で、決して経済的に余裕はありませんでしたが、家族の健康を守る決意で、NACOシステム(自然空調)を含め、今迄の全てのノーハウを結集し、展示場の建設を決断、完成致しました。(ひばり野常設展示場)

ひばり野常設展示場  デッキテラス 

その後

展示場が完成して間もなく、長男が結婚したので、現在は家族3人で、展示場の説明を兼ねて住んでいます。遠くの山並みを大きなガラス戸越しに、眺めながら自然を満喫しています。

暖房は、薪ストーブ1台で3階ロフトに至る家の隅々まで、ファン1台で暖めています。

 薪ストーブのある家  3階ロフト

そのファン1台で、常に外気を取り入れ自然排気しているので、換気扇が全くないのに、ヘビースモーカーの人が何人いても、煙が籠る事はありません。

開設後8年が過ぎましたが、家の中にワンちゃんも共に居るのですが、嫌な臭いが全然しないと、来訪された方に好評です。

さすがに、昨年度の夏は、暑かったので2Fの寝室だけ、小さなエアコンを入れたのが、少し約束違反(?)でした。

体調の方も、年に一度、病院のお世話になる程度で至って快調です。

浴室の戸は、開け放し、洗濯物は直接部屋(ロフト)干しで、加湿装置代わりです。

寝具も殆ど干す必要がない位、いつも乾いているのですが、あまり楽になって何もしないのも問題です

いよいよ今年は、あまり冬も寒くないので(多分1〜2Fの温度差が少ないので)薪を焚くのを、やめてみようか、なんて言っていますが・・・

家に、守られていると実感している最近です。

最後にー若い人に

私達が、お客様の住まいを造る時の、使命でもあり、喜びなのは、ご家族の健康を見守り、共有できるという確信です。

住まいは、地に立ち、空を見上げ、太陽を仰ぎ、風が流れます。

家は、私達の目に見えて、共に家族と生きていく、大切な器です。

でも、私達ZENOMAスタッフの真の使命は、目に見えない所にあります。現実に建つ良い“家”には、良い設計プランが必要です。

そして、一期一家の真心で、造る職人さん達の力を、総結集させないと完成しません。

でも、それが終わり(Z)ではなく、始まり(A)に向かっているのです。

人は、誰でも幸せになりたいと願っています。

その源となる健康を願う時、大切なのは、体で感じる実感と、心で感じる実感です。

“家”がそうである様に“家族の未来”のためにも、幸せになるための良い“設計プラン”が必要なのです。

何となく暮らすのではなく、幸せになるための実行プランが、お客様にも必要であることを、私達は身を挺して、理解して頂かなければなりません。

“幸せ”とはなりたいと、願うものでなく“感じる心”があるかどうかだからです。

だから、健康でいたいのではなく、健康と感じる心が、あるかどうかが、非常に大切になってきます。

“幸せ”と感じる心、”愛している”と感じる心、“愛されている”と感じる心は、“生きている”と感じる心、“健康”と感じる心の感性から生まれると思うのです。

私達が、住まいを造る時、将来新しい家族を次々と生み出していくであろう子供達に、その豊かな感性を育むべく、真に“体で感じる”“心で感じる”健康な住まいを、心から実感できる家を、希求して行く事が、私達の使命でもあり、ZENOMAの内外に対する宣言です。

社長プロフィール

  • 生年月日 昭和23年1月21日
  • 県立魚津高校卒業
  • 北海道大学建築工学科卒
  • 佐藤工業 (株)本社設計部勤務
  • 一級建築士取得
  • 東京 築山建築設計事務所 勤務
  • 東京 ユニ建築設計事務所 勤務
  • 昭和49年7月 野島製材所勤務
  • 昭和52年 (株)野島製材所 専務取締役
  • 昭和63年6月 (株)野島製材所 代表取締役就任
  • 平成17年12月 黒部事務所開設
  • 平成18年12月 ゼノマ宣言
  • 家族 妻、長女、長男、次男
  • 趣味 旅行、カラオケ、映画、瞑想(?)
  • モットー(好きな言葉) 温故知新(古きを尋ねて新しきを知る)

 

 

 

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